【ブログ】北前船の網元から始まった京吉の味

【ブログ】北前船の網元から始まった京吉の味

富山県射水市で水産加工業を営む京吉(きょうきち)の歴史は、
江戸時代までさかのぼります。


当時、日本海の海運上の要衝で、
北前船の停泊地でもあった放生津(ほうじょうづ)。


加賀藩はこの地を産業拠点にするべく、各地から水産加工技術を取り入れ、
地元で取れる魚介を特産品に変え、北前船で全国へ販売していきました。


この殖産興業策を受ける形で、京吉は海運・漁業・水産加工など、
海と魚に関わる仕事を始めました。
それから約250年、今にその歴史が受け継がれます。


■「温故知新」


現在、社訓としてある「温故知新」という言葉は、
歴史の積み重なりを大切にするからこそ存在します。


この「温故知新」の精神が、商品づくりに生かされております。


例えば「いかの黒作り」、200年前に加賀藩が参勤交代のおり
将軍家に献上されその美味を賞賛されたことが文献に残っている
由緒ある食べ物です。
京吉のいかの黒作り
この伝統食を時代に合わせて改良し、伝え続けております。


■食卓の一品になるようなもの


「地元の会話、日常生活からヒントを頂いています。」


京吉の店主、京谷さんはそう語ります。地元で受け継がれてきた食べ方を見聞きし、
昔の文献に当たったり食品研究所で調査研究を行うなどして
新しい商品を生み出してきました。

京吉の京谷さん
「先祖の人たちが作り続けたものを、跡継ぎたちが作り続けて
いきたいと思わせられるようにしたい。その為には常連さんの声を
聞いて、飽きないようなものを作っていこうと思っています。」


時が経つほどに味の好みや食事の環境は変化していきますが、
その変わりゆく食卓に対応できるよう、終わりなき商品づくりが続きます。


■プロの言葉

「珍味の模範だね」


これはホタルイカの醤油づけを食べた、同業者の言葉でした。


食材の「鮮度」を大切にし、丁寧な作業を繰り返し、
出来上がる珍味は、同業のプロ達も絶賛するほど。
ホタルイカを処理する様子
某フランス料理店の店主から「そのまま使いたくなるけど、
そうすると自分の負けだから嫌だな」と言われたり、
某所の燻製屋さんは「我々も超えるものを作らないと」
襟を正したりするなど、その珍味は各方面から称賛の声が上がります。


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